昨日の記事を書いたあと、少しだけ静かになった話

昨日の記事を書き終えたあと、

少しだけ胸の奥が静かになりました。

何かが解決したわけでも、

答えが出たわけでもありません。

ただ、

「今日も、いつも通り書けたな」

それだけでした。

でも、その「それだけ」が、

今の自分には一番大きなことだった気がします。

57歳からSNSに取り組み始めて、

こうして文章を書き続けています。

正直に言えば、

これでいいのかな、と思う日もあります。

ペースを上げた方がいいのか。

何かを変えた方がいいのか。

周りを見て、焦ることもあります。

それでも今回は、

何も変えないことを選びました。

早く結果を出すことよりも、

続けられる形を壊さないこと。

たくさん書くことよりも、

今日の自分の気持ちを

ちゃんと残すこと。

人生の後半戦は、

そんなふうに進みたいと思っています。

実は、

昨日の記事を書きながら、

書かなかったこともありました。

書こうと思えば書けたけれど、

今ここで出すのは違うな、と

自然に手が止まった話です。

それは、

同じ場所で立ち止まったことのある人にだけ、

そっと渡したい続きを含んでいます。

今日は、ここまでにします。

続きを読まなくても、

この文章だけで、

今日の記録としては十分だと思っています。

また、いつも通り。

また、明日。

それでも「やりたい」と思っている理由|57歳、人生後半戦の現在地

57歳になりました。

人生100年時代と言われる今、まだ半分が終わったところだと考えることもできます。

けれど同時に、

今の会社で正社員として働ける時間は、あと7〜8年ほど。

そう考えると、正直なところ、少し怖くなることがあります。

この記事は、

「それでも、やりたいと思っている理由」

について、今の自分の気持ちを整理するために書いています。

昨日の記事を振り返って

前回の記事では、

「57歳、何者でもない自分を受け入れられた日」

というテーマで書きました。

あれは、特別な出来事があったわけでも、

何か大きな決断をした日でもありません。

ただ、ふと

「もう、無理に何者かになろうとしなくていいのかもしれない」

そう思えただけの日でした。

何かが変わったわけではない日常

記事を書いたあと、

自分の中で何かが劇的に変わったかというと、

実は、何も変わっていません。

朝起きて、

いつも通り仕事に向かい、

いつも通り一日が終わる。

それでも、

心の奥にあった“ざわつき”のようなものだけが、

少し静かになっていました。

「変わり続けること」が正しいと思っていた頃

若い頃は、

「変わらなければ」「成長しなければ」

そんな言葉に、ずっと背中を押されてきました。

気づけば、

変わり続けることが正義で、

立ち止まることが悪のように感じていた気がします。

何も変えない、という小さな意思

でも今は、

「何も変えない」という選択も、

まだ自信を持って言えるものではなく、

試しながら置いてみた、

小さな意思なのだと思えています。

受け入れる、というのは

諦めることとは、少し違います。

無理に前に進まなくてもいいし、

誰かと比べなくてもいい。

ただ、

今ここにいる自分を

ちゃんと認めてやること。

それだけで、

今日という一日が、少しだけ楽になる。

それでも「やりたい」と思っている理由

将来のことを考えると、

不安がなくなったわけではありません。

「この先、自分に何ができるのか」

「何もせずに年を重ねていくだけにならないか」

そんな気持ちは、今もあります。

それでも、

やめたいとは思っていない。

理由は、とてもシンプルで、

自分が“動いている感覚”を失いたくないからです。

何かを学ぶ。

何かを作る。

言葉にして残す。

結果がすぐに出なくてもいい。

大きな成功でなくてもいい。

今日できることを、今日やる。

それを、無理なく続けていく。

人生後半戦の歩き方

人生の後半戦は、

派手じゃなくてもいい。

焦らなくてもいい。

考え続けている自分でいられるなら、

それでいいのかもしれません。

今日は、

それでも「やりたい」と思っている理由を、

そんなふうに考えていました。

何も変えないと決めた、その裏側|初収益のあとに残った本音

初めて収益が出たあと、

正直に言うと、気持ちは少し落ち着かなかった。

嬉しくなかったわけではない。

むしろ、その逆だったと思う。

「次はどうする?」

「もっと伸ばすには?」

そんな言葉が、自分の中に浮かび始めた。

少し工夫すればいいのかもしれない。

書き方を変えれば、もっと反応が出るのかもしれない。

でも、そこで立ち止まって考えた。

もし今、何かを変えたら、

それは“自分の言葉”じゃなくなる気がした。

うまく書こうとする文章。

誰かに合わせた文章。

数字を意識した文章。

それを始めた瞬間に、

きっと続かなくなる。

だから、今回は

何も変えないと決めた。

正直に書くこと。

今の自分の速度で書くこと。

分からないまま、分からないと書くこと。

それで読まれなくなるなら、

それも今の自分の実力なんだと思う。

それでも、

誰かが読んでくれて、

立ち止まってくれた。

名前も顔も知らない誰かが、

「いいね」を残してくれた。

それだけで、

今日は十分だった。

答えは、まだ出ていない。

この先どうなるかも分からない。

それでも今日は、

「何も変えないと決めた、その裏側」に

ちゃんと自分の気持ちがあった。

今日は、それを書いておきたかった。

※ 同じように立ち止まっている方がいたら、どこかで参考になれば嬉しいです。

初収益のあと、何も変えないと決めた理由|人生の後半戦で書き続けるという選択

先日、noteで初めての収益が出ました。

15日のことだったと思います。

数日が経った今も、その表示を思い出すと、

少し不思議な気持ちになります。

「書いたものが、誰かに選ばれた」

その事実は、素直に嬉しいものでした。

同時に、これまで以上に

自分の書く言葉と向き合う必要があるとも感じています。

この記事では、

初収益のあとに私が感じた正直な気持ちと、

あえて“何も変えない”と決めた理由を

静かに書き残しておこうと思います。

見出し①|初収益が出たときの正直な気持ち

初収益が出たときは、本当に嬉しかったです。

ただ、正直なところ、

「何かの間違いではないだろうか」

そんな気持ちも、すぐに浮かびました。

もしかして、

購入された方が間違えて買ってしまったのでは。

そんなことまで考えてしまいました。

でも、少し冷静になって思ったのは、

「記事をきちんと読んだ上で、選んでいただけたのかもしれない」

ということでした。

自分が生み出したものに、

誰かが反応してくれた。

その事実は、

嬉しさ以上に、

自分の背筋を伸ばしてくれた気がします。

見出し②|反応が出ると、人は変えたくなる

初めての収益を経験し、

スキや通知が少しずつ増えていく中で、

正直、こんな気持ちもよぎりました。

「何かを変えた方がいいのではないか」

実は、これまでにも、

手応えを感じた瞬間に、

力を入れすぎてしまった経験があります。

もっとやらなければ。

期待に応えなければ。

そう思うほど、

気持ちだけが先に走ってしまい、

結果として、

続けることが苦しくなっていきました。

見出し③|今回は「何も変えない」と決めた理由

だから今回は、

あえて決めました。

何かを足すのではなく、

今のペースを守ることを。

今日も、いつも通り書く。

特別な工夫はしない。

無理に前に進まない。

それが、

今の自分にできる

一番誠実な選択だと思ったからです。

見出し④|変えなくていいものも、きっとある

反応があると、

人はつい、自分を変えたくなります。

でも、

変えなくていいものも、

きっとあります。

続けるために、

あえて変えない。

今日は、そんな選択をした日です。

今日は、特別なことはしません。

ただ、今の気持ちを記録しておきます。

また明日、

いつものペースで続きを書きます。

【第1話】初収益の翌日に、私が「何もしない日」を選んだ理由

――57歳からの人生後半戦ノート

この記事は、

57歳から書くことを始めた私が、人生の後半戦で「あえて立ち止まる」ことを選んだ日の記録です。

忙しさや焦りに、少し疲れている方に届けば嬉しいです。

初めての収益が出た、翌日のことでした。

正直に言えば、

「よし、もっとやらなきゃ」

「この流れを止めたらダメだ」

そんな気持ちが、頭の中に浮かんでいました。

でも私は、その日に何もしないことを選びました。

57歳。人生の後半戦で始めた新しい挑戦

若い頃のように、

がむしゃらに走ることだけが正解ではないと、

どこかで気づき始めていたのかもしれません。

成果が出始めたからこそ、

一度、立ち止まりたかった。

「何もしない日」は、サボりではなかった

何もしない日。

でも、それはサボりではありませんでした。

散歩をして、

コーヒーを飲んで、

ただ静かに、海を眺める。

頭の中が、少しずつ静かになっていくのを感じました。

マーケットの売り場でも、同じことがある

マーケットの売り場でも、同じです。

ずっと品出しに追われていると、

お客様の顔が見えなくなる。

一度手を止めて、売り場を俯瞰したときに、

初めて

「今、何が求められているか」

が見えてくることがあります。

人生も、きっと同じなのだと思います。

立ち止まることで、次の一歩が見えてくる

動き続けているときには見えないものが、

立ち止まったときに、ふっと現れる。

焦らなくていい。

比べなくていい。

今の自分の呼吸を、取り戻すだけでいい。

人生の後半戦は、スピードより「納得感」

これからの人生は、

速さよりも、納得感。

誰かに勝つためではなく、

自分が「これでいい」と思える歩き方を選びたい。

今日も、何もしない日でいい

もし今、

少し疲れているなら。

何かを始める前に、

一度、立ち止まってもいい。

「何もしない日」は、

次に進むための、大切な準備期間なのだから。

次回予告(シリーズ)

次回は、

「立ち止まる勇気が、なぜ人生を楽にするのか」

について書こうと思います。

「何もしない日」を選べるようになるまでに、私が手放した3つの思い込み

昨日、はじめての収益が出ました。

正直に言うと、とても嬉しかったです。

ずっと積み上げてきたものが、

ほんの少しだけ形になったような気がしました。

けれど、その翌日。

私はあえて「何もしない日」を選びました。

発信も、数字も、目標も、

いったん横に置いて。

美味しいものを食べて、

海を眺めて、

静かに一日を過ごしました。

数字に追われていた頃の自分

少し前までの私は、

数字に一喜一憂する人間でした。

再生回数、スキの数、収益。

増えれば安心して、止まれば不安になる。

「止まったら、これまでの努力が

全部ゼロになる気がする」

そんな思い込みの中で、

ずっと走り続けていたように思います。

初収益が出た昨日なら、

以前の私なら、きっと今日も

無理に走っていたはずです。

でも今回は、違いました。

「ここで立ち止まってもいい」

そう思えた自分が、いました。

私が手放した3つの思い込み

思い込み①

止まったら、これまでの努力がゼロになる

私は長い間、

「続ける=止まらないこと」だと思っていました。

止まった瞬間に、

積み上げてきたものが

崩れてしまう気がしていたからです。

でも、実際に立ち止まってみて分かりました。

何も失われませんでした。

それどころか、

心が少し整った感覚がありました。

止まったことで、

「なぜ書いているのか」

「何のために続けているのか」を

もう一度、思い出せた気がします。

思い込み②

結果が出ている時ほど、走り続けないといけない

57歳。

人生の後半戦で始めた、新しい挑戦。

若い頃のように、

がむしゃらに走るだけが正解ではないと、

どこかで気づき始めていたのかもしれません。

スーパーの売り場でも、同じです。

ずっと品出しに追われていると、

お客様の顔が見えなくなる。

一度、手を止めて売り場を俯瞰したときに、

初めて

「今、何が求められているか」

が見えてくることがあります。

発信も、同じでした。

結果が出た時ほど、

走り続けなければいけないと思っていたけれど、

本当は、少し立ち止まる必要があった。

無理に続けると、

書くことが「作業」になってしまう。

それだけは、避けたかったのだと思います。

思い込み③

休むことは、甘えだ

年齢や立場のせいもあって、

「休む=怠けること」

そんな感覚が、どこかにありました。

でも今は、

休むことは

前に進むための準備だと思っています。

立ち止まるからこそ、

また自然に

「書きたい」という気持ちが戻ってくる。

その感覚を、

これからは大切にしたいと思っています。

おわりに

昨日は、はじめての収益の日。

今日は、何もしない日。

また明日、

書きたくなったら書けばいい。

これは成功談でも、

ノウハウでもありません。

ただ、

「立ち止まることを

自分に許せた一日」の記録です。

もし今、

休むのが怖いと感じている人がいたら。

あなたが立ち止まることも、

きっと前に進むための一部です。

初収益の翌日に、私が「何もしない」を選んだ理由

昨日、はじめての収益が出ました。

正直に言うと、とても嬉しかったです。

ずっと積み上げてきたものが、

ほんの少しだけ、形になった気がしました。

でも今日は、あえて

**「何も積み上げない日」**にしました。

発信も、数字も、目標も、

いったん横に置いて。

美味しいものを食べて、

海を眺めて、

静かに一日を過ごしました。

少し前までの私は、

数字に一喜一憂する人間でした。

再生回数。

スキの数。

フォロワー数。

増えれば安心して、

止まれば不安になる。

「止まったら、これまでの努力がゼロになる」

そんなふうに、思い込んでいたんです。

初収益が出た昨日なら、

きっと以前の私なら、

今日も必死に走り続けていたと思います。

でも、今日は違いました。

「ここで立ち止まってもいい」

そう思えた自分が、いました。

続けることは、

アクセルを踏み続けることじゃない。

適切にブレーキを踏み、

景色を眺める時間があるからこそ、

また書きたくなる。

もし、休むのが怖いと感じている人がいたら、

伝えたいです。

休むことも、

前に進むための一部です。

昨日は、はじめての収益の日。

今日は、何も積み上げない日。

また明日、

書きたくなったら書けばいい。

今日は、

そんな自分を許してあげる日記です。

57歳、0から1へ。初めてのサポートをいただいた日に思ったこと

今日、13時を少し過ぎた頃。

スマートフォンに、1通の通知が届きました。

それは、私がWordPressやnoteで文章を書き始めてから、

初めて「サポート」をいただいたことを知らせる通知でした。

金額は299円。

数字だけを見れば、決して大きな金額ではありません。

ですが、57歳から

「学び直し」と「フリーランスへの挑戦」を始めた私にとって、

この299円は 自分の言葉に初めて価値がついた証 でした。

私はこれまで、長く会社員として働いてきました。

決して特別なスキルがあったわけでもなく、

文章を書く仕事をしてきたわけでもありません。

それでも

「このままで終わりたくない」

「もう一度、学び直したい」

そう思い、57歳から文章を書き始めました。

正直に言えば、

不安や迷いの方が多かったです。

今回サポートを送ってくださった方は、

私の過去の「学び直し」の記事や、

日常を書いた記事にも、たくさん反応をしてくださいました。

それが何より嬉しかったです。

派手なノウハウでも、成功談でもない。

ただ、自分の歩みを正直に書いていただけ。

それでも、

誰かの心には、ちゃんと届いていた

そう実感できました。

そして、いつも読んでくださっている皆さんへ。

毎日投稿を続けられているのは、

間違いなく、読んでくださる方がいるからです。

一人では、

この「0から1」の景色には辿り着けませんでした。

本当に、ありがとうございます。

この299円は、

私にとって一生忘れられないお金です。

これからも、

背伸びせず、誠実に。

自分の言葉で、発信を続けていきます。

もし今、

「まだ結果が出ていない」

「続ける意味があるのか分からない」

そう感じている方がいたら、

今日の私の体験が、ほんの少しでも参考になれば嬉しいです。

0は、ある日突然1になります。

私は、今日それを実感しました。

発信の数字が動いた日に、あえて立ち止まった理由

今日は、少し不思議な一日でした。

YouTubeショートの再生回数が伸び、

noteには「スキ」の通知が届き、

発信の“数字”が、目に見えて動いた日でした。

正直に言えば、嬉しくないわけがありません。

発信している以上、反応があることは励みになります。

でも今日の私は、

以前の自分とは、少し違う反応をしていました。

数字が動くと、止まれなかった頃の自分

少し前までの私は、

数字が動くと、止まれませんでした。

次はもっと伸ばしたい 次は何を書けばいいか 今、休んでいいのか

数字を見るたびに、

自分を前に押し出すように、

アクセルを踏み続けていた気がします。

「続ける=止まらないこと」

そんな思い込みが、どこかにありました。

今日、あえて立ち止まった理由

でも今日は、違いました。

数字が動いたのを確認したあと、

私は一度、画面を閉じました。

美味しいものを食べて、

海を眺めて、

何も積み上げない時間を過ごしました。

それは、逃げでもサボりでもありません。

「今は、止まっていい」

そう、自分に許可を出しただけでした。

続けることは、アクセルを踏み続けることじゃない

今日、はっきり分かったことがあります。

続けることは、

ずっと前に進み続けることではありません。

立ち止まる日があっていい 何もしない日があっていい 書かない時間が、次の言葉を連れてくることもある

止まるからこそ、

また書きたくなる瞬間が生まれる。

それを、今日は実感しました。

もし、休むのが怖い人がいたら

発信を続けていると、

休むことが怖くなる瞬間があります。

「止まったら、終わってしまう気がする」

「流れから落ちる気がする」

でも、今日の私はこう思えました。

休むことも、前に進むための一部だと。

何もしない時間は、

決して無駄ではありません。

また書きたくなったら、書けばいい

今日は、数字が動いた日でした。

でも一番の変化は、

数字に振り回されなかったことです。

また明日、

書きたくなったら書けばいい。

そう思えるようになったこと自体が、

私にとっては、ひとつの前進なのだと思います。

休む日も、続いている|33日目の記録と、静かな昼ごはん

今日は久しぶりの休みでした。

特別な予定があるわけでもなく、

少しゆっくり起きて、近くのお店へ昼ごはんを食べに行く。

それだけの一日です。

けれど、こういう何でもない時間が、

今の自分にはとても大切に感じられます。

続けることと、休むこと

noteとWordPressの投稿は、今日で33日目になりました。

数字だけを見ると「連続投稿」という実績になりますが、

実感としては、ただ淡々と続いているだけです。

以前の自分は、

「どれだけ数字が伸びたか」

「どれだけ反応があったか」

そんなことばかり気にしていました。

でも今は少し違います。

書くことが日常の一部になり、

続けること自体が、無理のない習慣になってきました。

だから今日は、

「頑張る日」ではなく、

「整える日」だったのだと思います。

今日のお昼ごはん

写真は、今日近くのお店で食べたランチです。

派手さはありませんが、

きちんと作られた料理を、静かな空間でゆっくり食べる。

それだけで、気持ちが少し整いました。

こういう時間があるから、

また明日、自然に書こうと思えるのかもしれません。

何者でもないまま、続けていく

相変わらず、自分は何者でもありません。

特別な肩書きがあるわけでもなく、

大きな成果を出しているわけでもない。

それでも、

「今日も書いた」

「今日も続いた」

それだけは、確かに積み上がっています。

休む日も含めて、続いている。

今はそれで十分だと思っています。

また明日から、

静かに、淡々と、積み上げていきます。