57歳になりました。
人生100年時代と言われる今、まだ半分が終わったところだと考えることもできます。
けれど同時に、
今の会社で正社員として働ける時間は、あと7〜8年ほど。
そう考えると、正直なところ、少し怖くなることがあります。
この記事は、
「それでも、やりたいと思っている理由」
について、今の自分の気持ちを整理するために書いています。
昨日の記事を振り返って
前回の記事では、
「57歳、何者でもない自分を受け入れられた日」
というテーマで書きました。
あれは、特別な出来事があったわけでも、
何か大きな決断をした日でもありません。
ただ、ふと
「もう、無理に何者かになろうとしなくていいのかもしれない」
そう思えただけの日でした。
何かが変わったわけではない日常
記事を書いたあと、
自分の中で何かが劇的に変わったかというと、
実は、何も変わっていません。
朝起きて、
いつも通り仕事に向かい、
いつも通り一日が終わる。
それでも、
心の奥にあった“ざわつき”のようなものだけが、
少し静かになっていました。
「変わり続けること」が正しいと思っていた頃
若い頃は、
「変わらなければ」「成長しなければ」
そんな言葉に、ずっと背中を押されてきました。
気づけば、
変わり続けることが正義で、
立ち止まることが悪のように感じていた気がします。
何も変えない、という小さな意思
でも今は、
「何も変えない」という選択も、
まだ自信を持って言えるものではなく、
試しながら置いてみた、
小さな意思なのだと思えています。
受け入れる、というのは
諦めることとは、少し違います。
無理に前に進まなくてもいいし、
誰かと比べなくてもいい。
ただ、
今ここにいる自分を
ちゃんと認めてやること。
それだけで、
今日という一日が、少しだけ楽になる。
それでも「やりたい」と思っている理由
将来のことを考えると、
不安がなくなったわけではありません。
「この先、自分に何ができるのか」
「何もせずに年を重ねていくだけにならないか」
そんな気持ちは、今もあります。
それでも、
やめたいとは思っていない。
理由は、とてもシンプルで、
自分が“動いている感覚”を失いたくないからです。
何かを学ぶ。
何かを作る。
言葉にして残す。
結果がすぐに出なくてもいい。
大きな成功でなくてもいい。
今日できることを、今日やる。
それを、無理なく続けていく。
人生後半戦の歩き方
人生の後半戦は、
派手じゃなくてもいい。
焦らなくてもいい。
考え続けている自分でいられるなら、
それでいいのかもしれません。
今日は、
それでも「やりたい」と思っている理由を、
そんなふうに考えていました。